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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)12505号 判決 1998年5月07日

東京都中央区日本橋三丁目一四番一〇号

原告

第一製薬株式会社

右代表者代表取締役

鈴木正

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

右訴訟復代理人弁護士

滝井朋子

原告訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

大阪府池田市豊島北一丁目一六番一号

被告

鶴原製薬株式会社

右代表者代表取締役

鶴原三郎

右訴訟代理人弁護士

上田潤二郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙物件目録記載の物件を有効成分とする医薬品を製造し、該医薬品を販売してはならない。

二  被告は、被告の所有する前項記載の物件及びこれを有効成分とする医薬品を廃棄せよ。

三  被告は、被告の申請によってなされた薬事法に基づく別紙物件目録記載の物件を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき厚生省に製造承認の整理届を提出せよ。

四  被告は、前項の医薬品について健康保険法に基づく薬価基準からの削除願を厚生省に提出せよ。

五  被告は、原告に対し、金八八二八万九六〇〇円及びこれに対する平成九年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  事実関係(いずれも争いがない)

1  原告の権利

(一) 原告は、平成八年一月一日の経過により存続期間の満了するまで、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という)を有していた。

特許番号 第一〇八九八二〇号

発明の名称 潰瘍治療剤

出願日 昭和五一年一月一日(特願昭五一-一九四号)

公告日 昭和五六年七月二七日(特公昭五六-三二二九六号)

登録日 昭和五七年三月二三日

特許請求の範囲 別添特許公報の「特許請求の範囲」欄記載のとおり

(二) 本件発明の特許請求の範囲第1項の発明の一般式において、Qとして「置換フェニル基」を選び、更に置換フェニル基として、「P-カルボキシ低級アルキルフェニル基」に属する「P-カルボキシエチルフェニル基」を選んだ構造を有する物質の塩酸塩が別紙物件目録記載の物件であり(以下「塩酸セトラキサート」という)、原告は、これを有効成分とする医薬品を製造し、「ノイエルカプセル」、「ノイエルS」という商品名で粘膜防御性の胃炎・胃潰瘍治療剤として日本国内において販売している(以下、合わせて「原告製剤」という)。

2  被告の行為

被告は、原告製剤の後発医薬品として塩酸セトラキサートを有効成分とする医薬品を「セエルサート細粒」又は「セエルサートカプセル」という商品名で販売することを計画し(以下、合わせて「被告製剤」という)、本件特許権の存続期間中に、厚生大臣に対して薬事法一四条に基づく製造承認申請をするのに必要な資料として、物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料としての規格及び試験方法の設定の資料、安定性に関する資料としての加速試験の結果及び吸収、分布、代謝、排泄に関する資料としての生物学的同等性試験の結果を得るため、被告製剤を製造し、使用して各種試験を行った(以下、これら各種試験を総称して「本件試験」という)。そして、原告は、このようにして得た資料を添付して厚生大臣に被告製剤の製造承認申請をし、「セエルサート細粒」については昭和六三年一一月七日、「セエルサートカプセル」については平成二年三月八日それぞれ製造承認を取得し、更に、平成八年七月五日、被告製剤について健康保険薬に用いるための薬価基準の収載を受けた。

被告は、本件特許権の存続期間満了後、被告製剤を販売した。

二  原告の請求

原告は、

本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は、本件特許権を侵害するものであり、したがってまた、その結果を資料として用いてなされた被告製剤の製造承認の申請及びその取得並びに薬価基準の収載も、本件特許権を侵害するものである、

被告が、厚生大臣をして、原告が塩酸セトラキサートを有効成分とする原告製剤を製造、販売するために、薬事法一四条一項及び四項に基づいて厚生大臣に提出した製造承認申請書に添付した資料、すなわち「塩酸セトラキサート製剤の臨床試験を含む各種試験結果」(以下「本件資料」という)を流用させて、被告製剤の製造承認申請の審査をなさしめた行為は、不正競争防止法二条一項五号にいう原告の「営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、営業秘密を使用する行為」に該当し、原告は、これによって営業上の利益を侵害された、

被告は、本件特許権の存続期間満了日の二七か月前から、何ら法律上の原因なくして、本件発明を実施することにより、製造承認、薬価基準収載及びこれに基づき被告製剤を製造、販売できる地位という利益を得、本件発明についての原告の独占的占有を二七か月間にわたって侵奪して原告に損失を及ぼしたから、被告は、その受けた利益のすべてを返還しなければならず、すなわち右占有侵奪によって取得した製造承認及び薬価基準収載をいったん白紙に戻し、もって被告製剤を製造販売することのできない地位に戻らなければならない

と主張して、被告製剤の製造販売の差止め、塩酸セトラキサート及び被告製剤の廃棄、厚生省に対する製造承認の整理届の提出、厚生省に対する薬価基準からの削除願の提出、損害金及びこれに対する平成九年七月五日(訴えの追加的変更申立書送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

三  争点

1(一)  薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、本件特許権を侵害するものであるか。

(二)  本件特許権の存続期間満了後に、本件特許権に基づく妨害排除請求権に基づき、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤の製造販売の差止め等を請求することができるか。

2  被告が、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して行った本件試験により得た資料を添付して厚生大臣に製造承認申請をし、その審査を受けたことは、不正競争防止法二条一項五号の不正競争に当たるか。

3  被告が、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことにより製造承認及び薬価基準収載を得たことは、不当利得に当たるか。

4  被告が原告に対して損害賠償責任を負う場合に支払うべき金銭の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、本件特許権を侵害するものであるか)について

【原告の主張】

1 本件発明の技術的範囲に属する被告製剤について、薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に被告製剤を製造し、これを使用して本件試験を行う行為は、特許法六八条にいう「業として」の特許発明の実施に当たり、六九条にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には該当しないから、本件特許権の侵害を構成する行為であり、したがって、本件試験の結果得られた資料を用いてなされた被告製剤の製造承認の申請及びその取得、更には薬価基準の収載も、本件特許権を侵害するものである。

2 右の特許権侵害行為は、特許権侵害であるが故に常に違法なのであって、場合により実質的違法性を欠如するなどの理由で適法行為と同視されうるかのごとく評価するのは誤りというべきである。貴重な新規技術を進んで開示したことに対する代価としてごく限られた期間のみ与えられる特許権は、期間的にも内容的にも欠けるところなく尊重されなければならないからである。

本件試験は、新医薬品を開発してこれを初めて製造、販売する際の製造承認を得るための、その医薬品の有効性と安全性の試験が、六ないし一二年の期間と多額の費用とを要する膨大な試験であるのと比較すれば、その試験範囲が限定されているので、期間も短く、使用する被告製剤の量も少量である。しかしながら、被告製剤の製造、使用が少量で試作的であっても、それによって被告は、原告が膨大な期間と莫大な費用を費やしてようやく取得した新医薬品の販売者たる経済的地位と同一の地位を得るのであるから、被告の行為は、大量で経常的な利益を目論む計画的製造・使用行為にほかならないのである。また、本件試験が極めて限定された範囲のものであって、必要とされる時間も被告製剤の量も少なくて済むのは、原告が開発の当初になした本件発明にかかる新医薬品の有効性と安全性に関わる膨大な試験の結果に、後発医薬品会社である被告が全面的に依存しているからである。すなわち、被告は、本件発明の技術を使用しているのみではなく、原告が膨大な費用及び労力と時間を費やして証明した新医薬品の有効性と安全性に関する全情報をそのまま使用、流用している結果にほかならない。

被告の本件特許権侵害行為の違法性が、原告の労力によってもたらされた情報の流用によって、低く評価されるというのは背理というべきである。

本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造が実質的に違法と評価されないとして本件特許権を侵害しないと解することは、GATT・TRIPS協定二七条一項、すなわち「二及び三に従うことを条件に、特許は、新規性、進歩性及び産業上利用可能性を満たす場合は、物、方法を問わず、全技術分野のすべての発明に対して付与されうる。第六五条四、第七〇条及びこの条の三に従うことを条件に、発明地、技術分野及び輸入品であるか国内生産品であるかによる差別なく、特許が付与され、特許権が享受されねばならない。」に違反する。

【被告の主張】

1 薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、特許法六八条にいう「業として」の特許発明の実施に当たらない。

(一) 「業として」の文言の解釈について、多数説は特許法一条の目的から、経済活動の一環としてなされるならば、実施の回数や量の多寡を問わず「業として」の要件は充足されるとするが、この考え方によれば、企業の研究所等で日常的に行われている試験研究はその事業に関連する活動であり、営利を目的とするか否かに関係なく、すべて「業として」の実施に当たるから、薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で行う臨床試験等は、先発医薬品、後発医薬品の区別なく、すべて「業として」の実施行為に該当することになる。

(二) しかしながら、特許法六七条二項にいう「特許発明の実施」については、特許権者が利益を享受しうるものでなければならないと解釈されている。また、特許法六八条の特許権の効力は、「業として特許発明の実施をする権利の専有」から派生するもので、権原のない他人が特許発明を実施するのを排除して、特許権者自らが収益を上げうることが特許発明の実施である。この意味からすると、先発医薬品会社である特許権者自らが薬事法に基づく製造承認申請のための資料を得る目的で行う試験は、それ自体未だ収益を上げうるものではないから、特許発明の実施には当たらない。

したがって、後発医薬品会社が薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で行う本件試験も、特許法六八条にいう「業として」の特許発明の実施に当たらない。

この点、特許法六七条二項の「特許発明の実施」という文言と六八条、二条三項の「特許発明の実施」という文言の解釈を別異にし、特許権者が自ら行う臨床試験は特許発明の実施ではないが、後発医薬品会社が行う臨床試験は特許発明の実施であると解釈する考え方もあるが、同一範疇にある臨床試験をこのように区別する理論的根拠はない。

2 また、薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するから、本件特許権の効力は及ばない。

そもそも試験研究は、本来技術を次の段階に進歩させることを目的とするものであって、特許にかかる物の生産、譲渡等を目的としたものではないから、特許権の効力をこのような試験研究にまで及ぼさせることは、かえって技術の進歩を阻害する結果となる。また、特許公報や特許出願資料など特許権に関する公開資料を試験研究のために利用することは違法ではないし、他人の商品を解析し、技術を探し出したり、それに基づいて改良発明を行うことは合法的な行為である。したがって、このような試験研究の結果、知見や資料を得ることは特許権を侵害するものではなく、得られた資料を用いて製造承認の申請をし、これを取得し、薬価基準収載の申請をすることも特許権を侵害するものではない。

これに対し、後発医薬品の製造承認申請をするための資料を得る目的で行う臨床試験は、単に後発医薬品の販売を目的とするものであって、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に該当するとはいえないとの意見もあるが、後発医薬品会社が後発医薬品の製造承認申請のために臨床試験を行う際、先発医薬品会社と全く同様の配合処方を模倣して製剤化を行っているわけではない。先発医薬品会社が製造承認申請に当たって厚生省に提出した先発医薬品の処方内容等は企業秘密として秘匿されているから、後発医薬品会社は、自らの知識と研究の結果に基づき配合処方を試験研究したうえ、製剤の安定性を確保し、少なくとも先発医薬品と同程度又はそれ以上の生物学的利用能が認められる処方内容とすることが要請されるのである。したがって、後発医薬品の製造承認申請をするための資料を得る目的で行う臨床試験であっても、先発医薬品の単なる模倣ではなく、後発医薬品会社の技術の進歩の積重ねが存在するのであるから、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に該当するものである。

3 仮に、薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことが、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当しないとしても、被告は、本件試験に必要な限度でごく少量の被告製剤を試作的に製造し、これを使用をしたにすぎず、本件特許権の存続期間中における被告製剤の製造販売を意図したわけではなく、もっぱら存続期間満了後における製造販売を目的としたものであって、存続期間中原告が本件発明を独占的に実施しうるという法的地位に何らの影響も与えていないし、平成六年法律第一一六号附則五条二項の立法趣旨に照らしても、特許権侵害行為としての違法性を欠くものである、ということもできる。

二  争点1(二)(本件特許権の存続期間満了後に、本件特許権に基づく妨害排除請求権に基づき、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤の製造販売の差止め等を請求することができるか)について

【原告の主張】

1(一) 前記のとおり、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造、製造承認の申請及びその取得並びに薬価基準の収載は、本件特許権を侵害するものであるところ、後発医薬品会社が、特許権の存続期間中に製造承認申請のための資料を得る目的で本件試験をしていることはもちろん、そのような資料に基づいて薬事法に基づく製造承認申請を行い、更には、健康保険法に基づく薬価基準の収載の申請を行っていることは公表されないから、先発医薬品会社は、その事実を捕捉することができず、その結果、特許権の存続期間が満了してしまい、右侵害行為に対する差止めの機会を失うこととなるが、このような結果を放任することが許されるはずがない。

原告は、被告が本件特許権の侵害行為たる本件試験を行うことに起因して生ぜしめた、本件特許権に対する妨害の排除を求めるものである。

(二) 特許権の存続期間満了により何人も自由に特許発明の実施をすることができることになるので、特許権の存続期間満了と同時に特許発明にかかる物を販売する行為自体は特許権侵害にはならないように見えるが、特許権者以外の者が、特許権の存続期間満了と同時に特許発明にかかる物の販売を開始する場合は、必ず存続期間満了日からその物の製造に要する期間を遡った日以前より製造という特許発明の実施、すなわち特許権侵害行為をしていたはずである。特許権者以外の者が存続期間満了と同時に合法的になしうることは、せいぜい特許発明にかかる物の製造の開始にすぎず、特許権を侵害することなくその販売を開始しうるのは、最も早くとも存続期間満了日からその物の製造に要する期間を経過した日以後のことである。したがって、特許権者以外の者は、特許権の存続期間満了と同時に特許発明にかかる物を販売することは許されないものである。そうでなければ、特許権の存続期間中、特許法を遵守し、特許発明にかかる物の製造を開始しなかった者との均衡を失するからである。

結局、特許権者は、特許権の存続期間満了後も、製造所要期間中は、なお特許発明にかかる物を独占的に販売しうる有利な地位を有していることになる。この利益は、特許権者が特許権の存続期間中に特許権侵害を伴わずに独占的に特許発明にかかる物を製造することができたことに由来しているのであるから、まさに特許権に伴って生ずる法的利益と解すべきであり、単なる反射的利益と解すべきでない。

したがって、特許権者以外の者が特許権の存続期間満了後直ちに特許発明にかかる物を販売することは、特許権者の有するこの法的利益を害し、特許権に対する妨害と解されるべきものである。

存続期間満了後に特許権に伴うこのような法的利益を特許権者に認めることは、特許権が期限のある権利であって、その存続期間満了後は特許発明の実施が万人に自由になるという特許法の原理と何ら矛盾しない。特許権者でない者は、法に反しない限り、特許発明にかかる物の製造その他の実施行為をすべてなしうるのであり、ただ、存続期間満了後直ちに特許発明にかかる物を販売する行為のように、それが必ず存続期間中における特許権侵害行為を伴い、法に反した状態を生じ、もって特許権者の正当な法的利益を害している場合にのみ、特許権侵害の結果に伴う排除されるべき違法な妨害と評価されるというにすぎないからである。

(三) そして、被告製剤のような本件発明の実施品たる原告製剤の後発医薬品の場合、本件特許権を侵害することなく適法にこれを製造、販売しょうとするならば、本件特許権の存続期間満了後に初めて、製造承認申請の前提となる本件試験を開始し、爾後、薬価基準の収載までの手順を経なければならず、そのためには、少なくとも二七か月という期間を要するのであるから、特許権者たる原告は、現行法体系全体の中から生じてくる法的権利として、その存続期間満了後も、少なくとも二七か月間は特許発明にかかる医薬品を独占的に製造、販売しうる権能(法的利益)を有しているのである。

2 特許法一〇〇条は、特許権が物権的権利であることに基づいて、妨害排除請求権(及び妨害予防請求権)を生ずることについての特許法という特別法による特別規定、すなわち、特許権妨害行為の特別型である侵害行為が存する場合の、特許権の存続期間中の特許権による差止めという、特別要件下の特別型の妨害排除請求権を認める規定である。

いうまでもなく特許法はこの問題については民法の特別法というべきであるから、特許法に規定を欠く特許権妨害及びその排除請求権一般の問題については、その一般法である民法に従って問題を論ずるべきであり、存続期間満了後の特許権に伴う前記1の法的利益を害する行為に対する妨害排除請求権の成否の問題は、民法の理念に照らして解決されるべきものである。

したがって、原告のこの法的利益を害する本件特許権妨害行為が存続している限度で、存続期間に引き続いて本件特許権に基づく妨害排除請求権が認められなければならない。そうでなければ、特許権という準物権の有している、対象物の完全かつ円満な利用収益という本来の目的を達成しえない。このように解することは、決して背理ではない。中間省略登記について、中間者は、まさに所有権を有していた者として、その所有権に伴う利益を回復し全うするために、これを妨害している中間省略登記を排除すべく抹消請求権を有することが認められているから、所有権に基づく妨害排除請求権の典型的な一類型と解することができる。

3(一) 特許法一条は、特許発明が特許法の定めるとおりの法的保護を正当に受けること、及びその利用が特許法の定めるところに従って正しくなされることが産業の発達に寄与することを宣言しており、特許権との関係における産業的取引社会の公正な秩序は、万人が特許権を特許法の定める全幅の意味において尊重(して利用)することによって成立するとしている。特許法上、特許権侵害とは、権原なく特許発明を実施する行為であると解されるところ(二条三項)、その侵害行為により特許権を害することになる結果は、広く特許権妨害と評価されるべきものであると解される。特許法一〇〇条二項は、特定の特許権妨害に関して規定をおいている。

したがって、特許権侵害ないし妨害は、私権である特許権の権利者を害するにとどまらず、特許法の予定する右の産業的取引社会の公正な秩序をも害することになる。すなわち、この産業的取引社会の公正な秩序は、特許権を遵守尊重してその存続期間中はこれを侵害することなくこの産業的取引社会の競争に参加している一般の善良な第三者全体によって構成されているものであるところ、特許権を侵害する者は、その侵害によって取得する不公正に有利な地位によって、この公正な競争の秩序をも害することになるのである。このような侵害者の不公正に有利な地位が法的に不問に付されるようなことがあれば、産業的取引社会において厳しい競争にさらされている一般善良な競争者の間にも、特許権侵害への新たな誘惑を生ずることになり、その結果は、特許権者に対する更なる特許権侵害の不利益への圧力となるが、それにとどまらず、特許法自体も、その構築する右の産業的取引社会の公正な秩序の崩壊の危機にさらされることになり、この産業的取引社会の公正な秩序の崩壊が更に特許権侵害を誘発することになるのである。

(二) そこで、特許法は、特許権侵害により直接的に被害を受ける特許権者に対して特許侵害の差止めを委ねる(一〇〇条)という構成によって、特許権侵害に伴って生ずる右の二面の害悪の悪循環を断ち切ろうとしている。その際、特許権侵害に基づく特許権妨害については格別な一般的規定は置いていないが、物権的権利である特許権に妨害排除請求権が認められるべきことは、特許法が民法の特別法の性格を有することから当然の事理である。この特許権の妨害排除請求の場合も、特許侵害差止請求の場合と同様、産業的取引社会の公正な秩序の回復という視点が見落とされてはならず、この観点からは、特許権侵害とその結果である妨害の排除に当たっては、特許権侵害がなかった状態、換言すれば特許権が尊重されていたとすれば実現していたであろう状態が回復されることが肝要である。

この事情は、特許権侵害の結果である特許権妨害が、特許権の存続期間満了後に存続している場合にも、同様に妥当するのでなければならない。

特許権の存続期間中に、準備行為という特許権侵害をなした者が、特許権存続期間満了と同時に経済的利益を伴う特許発明実施行為をなすことは、まさに特許権の存続期間満了後にも存続する特許権妨害であるから、このような場合にはなお、その特許権から生じた妨害排除請求権をもって、その妨害の排除、すなわち、右の準備に要する期間という特許権者の法的利益享受期間は侵害者に対して経済的利益を伴う特許発明の実施の禁止を請求することができなければならない。それがまさに、特許法の構築する産業的取引社会の公正な秩序の要請であるからである。

【被告の主張】

1(一) 特許権は、その存続期間の満了によつて権利が消滅し、権利が消滅すれば、特許権者には何らの法的地位も利益も残らないのが常識である。

原告は、特許権の存続期間満了後も、特許発明にかかる物の製造に要する期間中はなお特許発明にかかる物を独占的に販売しうる有利な地位なるものを創設してこれを「法的利益」と称しているが、これは、単なる反射的利益ないしは事実上の利益であって、法的に保護された利益ではない。また、特許発明にかかる物の製造に要する期間は、その物の製造方法や製造工程によって千差万別であって、一律にこれを確定することはできないから、原告の主張に従うとすれば、誰がこの製造に要する期間を認定する権限を有することになるのか、不明である。

(二) 原告は、被告製剤のような本件発明の実施品たる原告製剤の後発医薬品の場合、本件試験の開始から薬価基準収載までに二七か月を要すると主張するが、これは、行政機関が行政行為をするのに必要な期間として推測される事実上の期間であって、法的な期間ではない。

2 原告は、本件特許権妨害行為が存続している限度で、存続期間に引き続いて本件特許権に基づく妨害排除請求権が認められなければならない、と主張するが、特許権者でなくなった者に特別に法的地位が認められる理由はない。妨害排除請求権が本権である特許権から発生した物権的請求権であるとの原告の主張からしても、本権である特許権が消滅した後においても、本権から発生した妨害排除請求権だけが生き残るとの論理は矛盾する。

被告が被告製剤の製造販売を開始したのは、原告の本件特許権が存続期間満了により消滅した以後のことであるから、本件特許権を侵害したことはない。

昭和六二年の特許法改正により薬事法等により特許発明の実施について安全性の審査等の観点からその実施を二年以上できなかったときは五年を限度として延長登録の出願により特許権の存続期間を延長できる制度(特許法六七条二項)が新設され、実質的に特許権の存続期間の延長を立法的に解決して特許権者を優遇しているのであるから、本件のような請求をすることは許されない。

3 被告も、特許権が取引社会の公正な秩序に必要な権利であることを理解し、特許権は尊重すべきであると考えているが、発明者が発明の重要部分を開示して、特許権を取得したときは、一定の期間、独占的権利が認められる代わりに、一定の期間経過後はその発明を広く一般人にも実施させるというのが特許制度であり、特許権は有限の権利なのである。

三  争点2(被告が、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して行った本件試験により得た資料を添付して厚生大臣に製造承認申請をし、その審査を受けたことは、不正競争防止法二条一項五号の不正競争に当たるか)について

【原告の主張】

1 本件資料は、原告が膨大な時間と莫大な費用をかけてようやく取得したものであって、現在でも、原告の厳重な秘密管理下におかれている技術上の情報であり、不正競争防止法二条四項にいう「秘密として管理されている事業活動に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないもの」たる「営業秘密」であって(このことは、裁判例も承認している。東京地判昭和五九年六月一五日・判例タイムス五三三号二五五頁、東京地判昭和五九年六月二八日・判例時報一一二六号六頁)、原告にとっては貴重な財産であるから、厚生大臣は本件資料を原告製剤の製造承認申請の審査という用途以外には使用しない義務を有するのであり、右用途以外に流用して、これを後発医薬品会社の申請した後発医薬品の製造承認申請の審査に用いることは許されない。我が国も加盟し、既に国内法的効力を有するTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)三九条三項も、右のような後発医薬品会社のためのこうした秘密の流用の防止を目的として、「加盟国は、新規化学物質を利用する医薬品又は農業化学物質の販売の承認の条件として、その開発のために相当の努力を伴う未公開の試験その他のデータの提出を要求する場合、当該情報を不公正な商業的使用から保護する。更に、加盟国は、公衆の保護に必要な場合又は不公正な商業的使用に対し当該データの保護が確保される措置が講じられている場合を除き、当該データを開示からも保護する。」と明記しているところである。

したがって、厚生大臣が、既にたまたまその保管下にある本件資料を原告製剤の製造承認の審査という用途以外の用途に流用することは、その占有下にある営業秘密を不正な目的下におくことになるから、結局、不正競争防止法二条一項五号にいう「営業秘密」の「不正取得行為」に該当するというべきである。

2 そして、被告は、製薬企業として、本件資料が原告の営業秘密であって、厚生大臣が本件資料を原告製剤の製造承認の審査という用途以外の用途に流用することは許されないこと及びこれを流用することは不正競争防止法二条一項五号にいう「営業秘密」の「不正取得行為」に当たることを熟知しているから、被告が、厚生大臣をして、本件資料を流用させて被告製剤の製造承認申請の審査をなさしめた行為は、同号にいう原告の「営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、営業秘密を使用する行為」に該当し、原告は、被告の右不正競争によって営業上の利益を侵害されたものである。右法条は、新法(平成五年法律第四七号による改正後の不正競争防止法)施行前に生じた事項にも適用され(附則二条)、新法施行前からの行為に対しても差止請求権(三条)の行使を妨げるものではない(附則四条二項)から.原告は、侵害行為である被告製剤の製造販売の停止(三条一項)並びにその侵害の停止又は予防に必要な行為である製造承認の整理届の提出(製造承認の取下げに相当する)及び薬価基準からの削除願の提出(同条二項)を請求することができる。

【被告の主張】

1 原告は、原告が厚生大臣に提出した本件資料は原告の営業秘密である旨主張するが、厚生大臣は、原告から提出された資料をそのまま使用するのではなく、この資料に基づき自ら何段階にもわたる慎重な審査を行い、申請された医薬品をヒトに対し投与することに何ら問題がないとの判断を経て、初めて医薬品の製造承認をするのであって、このように、厚生大臣は何段階にもわたる慎重な審査を通じて自ら当該医薬品に関する情報を取得するのであるから、この段階では、本件資料はもはや原告だけの営業秘密ではない。

したがって、厚生大臣が当該医薬品に関して審査の過程で自らが取得した情報を後発医薬品の製造承認の判断に使用しても何らの違法はない。

2 また、そもそも、本件資料は、原告が原告製剤の製造承認申請の添付書類として自ら厚生大臣に自発的に提出したものであるから、厚生大臣が他から不正に取得したものではない。

四  争点3(被告が、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことにより製造承認及び薬価基準収載を得たことは、不当利得に当たるか)について

【原告の主張】

1 発明は、いうまでもなく、その技術的完成によって客観的に成立する無体の財産であるが、これを知得し実施することにより利益を得ることができる重要な財産であって、有体物と同様に、主観的に認識知得し実施するなど利用可能な事実状態として管理下におくことにより占有することができるものである。原告は、本件発明が完成すると同時にこれを秘密下に利用可能な事実状態に管理して独占的な占有を取得し、更に、特許出願をなして本件特許権を取得することにより、その存続期間中は法的にも独占的な占有権原を与えられ、もって独占的占有を継続してきた。

しかるに、被告は、原告が本件特許権者として独占的占有権原下に本件発明を占有していることを十分に認識していながら、悪意で、少なくとも本件特許権の存続期間満了日の二七か月前から、被告製剤の製造承認申請に必要な資料を得る目的で、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行い、原告の本件発明に対する独占的占有を侵奪したものである。すなわち、被告は、悪意で、法律上の原因なく、他人の財産である原告の本件発明に対する独占的占有を少なくとも二七か月間侵奪することによって、他人である原告に右二七か月間の独占的占有の喪失という損失を生ぜしめ、これによって製造承認、薬価基準収載及びこれに基づき被告製剤を製造、販売できる地位という利益を受け、もって不当な利得をなしたものである。

2 したがって、被告は、原告に対して、悪意の不当利得者として、不当に取得した利益のすべてを返還すべきであるところ、この場合に被告が利益を返還するとは、有体物の返還方法として一般法理の承認する現物返還と同一の満足を与えること、すなわち、本件発明の占有が侵害されたことの明白な、少なくとも本件特許権の存続期間満了日から遡る二七か月間において被告による占有侵奪がなされなかったと同一の状態を原告が回復できることでなければならず、結局、被告が右の違法な占有侵奪をしなかったとすれば生じていたはずである状態を再現すること、換言すれば、右占有侵奪によって取得した製造承認及び薬価基準収載をいったん白紙に戻し、もって被告が被告製剤を製造、販売することのできない地位に戻ること、具体的には、侵奪期間と同一期間である二七か月間について、請求の趣旨記載の請求が許容されることにほかならない。

【被告の主張】

1 原告の主張によると、被告が受けた利益とは、製造承認、薬価基準収載及びこれに基づき被告製剤を製造、販売できる地位というのであるが、被告が取得した右利益は、被告が厚生大臣に対し薬事法の規定に基づき被告製剤の製造承認申請をし、薬価基準収載の申請をして受けた地位であり、いずれも法律の規定により正当に与えられた地位であって、被告は原告の財産である本件特許権により利益を受けたものではない。

また、被告は、単に被告製剤について厚生大臣から製造承認及び薬価基準収載を受けただけであって、本件特許権の存続期間中に現に被告製剤の製造販売行為を行ったものでないから、原告の本件発明に対する独占的占有を侵奪した事実はない。

2 更に、原告は、不当利得の返還請求として、被告に対して製造承認、薬価基準収載及びこれに基づき被告製剤を製造、販売できる地位を白紙に戻すことを求めるというが、仮にこれらの地位が不当な利益であるとしても、これらの利益はいずれも行政法規である薬事法の規定により正当に与えられた地位であって、原告にこれらの地位の放棄を強要される理由はないし、利益の返還と利益の放棄とを同一に論ずることはできない。

五  争点4(被告が原告に対して損害賠償責任を負う場合に支払うべき金銭の額)について

【原告の主張】

1 原告は、被告の本件特許権侵害行為によって被った損害の賠償として、次の(一)の本件特許権の存続期間満了日(平成八年一月一日)までの侵害行為に対し通常受けるべき実施料相当額四八九万円、及び(二)の存続期間満了後平成九年四月三〇日までの間の侵害行為に対し通常受けるべき実施料相当額八三三九万九六〇〇円の合計八八二八万九六〇〇円の支払を求める(特許法一〇二条二項)。

(一) 本件特許権の存続期間満了日(平成八年一月一日)までの侵害行為に対し通常受けるべき実施料相当額 四八九万円

(1) 被告製剤のうち「セエルサートカプセル」の製造承認申請資料を作成するのに使用された塩酸セトラキサート原末の量は、規格及び試験方法の設定用に一四〇・八kg、加速試験用に一二・〇kg及び生物学的同等性試験用に〇・〇〇八kgの合計一五二・八〇八kgを下らず、「セエルサート細粒」の製造承認申請資料を作成するのに使用された塩酸セトラキサート原末の量は、規格及び試験方法の設定用に七〇・四kg、加速試験用に六・〇kg及び生物学的同等性試験用に〇・〇〇八kgの合計七六・四〇八kgを下らないから、被告が本件特許権の存続期間中に使用した塩酸セトラキサート原末の量は合計二二九・二kgを下らない(甲一五)。

被告の使用した右塩酸セトラキサートの量を原告製剤の当該期間における薬価基準(原告製剤のうち「ノイエルカプセル」が二一・九〇円、「ノイエルS(細粒)」が四〇・四〇円)で換算すると、金二四四五万円を下らない。

(2) そして、本件発明の実施に対し通常受けるべき実施料は、原告製剤の当該期間における薬価基準の二〇%を下らない。

(3) したがって、本件特許権の存続期間満了日(平成八年一月一日)までの侵害行為に対し通常受けるべき実施料の額は、右(1)の薬価基準(原告製剤)換算の被告の使用料に右(2)の実施料率二〇%を乗じた四八九万円を下らない。

(二) 本件特許権の存続期間満了後平成九年四月三〇日までの間の侵害行為に対し通常受けるべき実施料相当額 八三三九万九六〇〇円

(1) 被告が本件特許権侵害行為たる本件試験によって作成した資料に基づく製造承認申請をしていなかったとすれば、被告は、存続期間満了から二七か月後にようやく製造承認を得られたにすぎないから、右二七か月間に被告が被告製剤を販売したことによって原告が被った損害も、本件特許権の侵害行為によって被った損害というべきである。

本件特許権の存続期間満了後平成九年三月三一日までの間の被告製剤の販売高は、薬価基準換算で、「セエルサートカプセル」一億六八三三万三〇〇〇円(薬価基準一九・五〇円)、「セエルサート細粒」二億一一三三万三〇〇〇円(薬価基準三三・一〇円)の合計三億七九六六万六〇〇〇円であり、また、同年四月「日から同月三〇日までの間の被告製剤の販売高は、薬価基準換算で、「セエルサートカプセル」一六六六万六〇〇〇円(薬価基準一六・七〇円)、「セエルサート細粒」二〇六六万六〇〇〇円(薬価基準二七・四〇円)の合計三七三三万二〇〇〇円である。

(2) そして、本件発明の実施に対し通常受けるべき実施料は、被告製剤の当該期間における薬価基準の二〇%を下らないから、本件特許権の存続期間満了後平成九年四月三〇日までの間の侵害行為に対し通常受けるべき実施料の額は、右(1)の薬価基準(被告製剤)換算の被告製剤の販売高合計四憶一六九九万八〇〇〇円に右実施料率二〇%を乗じた八三三九万九六〇〇円となる。

2 被告は、被告が製造承認申請資料作成のために使用した塩酸セトラキサートの原末の量は合計二一三〇gにすぎないと主張するが、後発医薬品を含め医薬品の製造承認申請に際して提出すべき資料は、承認後製造され、流通、販売、使用される当該医薬品の有効性、安全性及び品質の確保が図られるか否かを審査するためのものであるから、本件試験に使用する医薬品は、本来承認後実際に製造するのと同一の条件、規模で製造されることが好ましく、少なくとも工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模で製造されるべきものであり、被告主張の量で製造した医薬品を試験し、作成した資料に基づく申請に対して製造承認が与えられるはずはなく、また、与えられてはならない。確かに、平成六年四月二一日付薬新薬第三〇号厚生省薬務局新医薬品課長通知「安定性試験ガイドラインについて」(甲一八)に基づく「安定性試験ガイドライン」が施行される以前においては、「工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模」について、具体的数量を明文化した法的規制はなかったが、少なくとも右「安定性試験ガイドライン」に規定されている規模で製造した医薬品を使用しなければ、「工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模」という観点を満足しないものであることは、医薬品分野において通常の知識を有する者にとっては常識であり、右「安定性試験ガイドライン」はその常識を確認する目的で明文化したものにすぎない。

被告は、後発医薬品については右「安定性試験ガイドライン」は適用されない旨主張するが、「工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模」という観点を明確にしたものである以上、後発医薬品といえども、「工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模」すなわち右「安定性試験ガイドライン」に規定されている規模で製造した医薬品を使用するのが当然である。

【被告の主張】

1(一) 被告が被告製剤の製造承認申請資料を作成するために使用した塩酸セトラキサートの原末の量は、以下のとおり合計二一三〇gにすぎない(乙一)。

被告製剤のうち「セエルサートカプセル」について、被告は、昭和六二年一〇月五日、六日の両日、一五〇〇カプセル×三ロット(塩酸セトラキサートとして三〇〇g×三ロット=九〇〇g)を製造し、規格及び試験方法の設定用に七八個(二六個×三)、加速試験用に一〇九二個(二六個×三回×一四時期)、生物学的同等性試験用に三三個(溶出試験用一八個〔三条件各六個ずつ〕、予備試験用三個、本試験用一二個)使用した。

また、被告製剤のうち「セエルサート細粒」について、被告は、昭和六一年一月二八日から同月三〇日までの間に、一〇〇〇g×三ロット(塩酸セトラキサートとして四〇〇g×三=一二〇〇g)を製造し、規格及び試験方法の設定用に三一・五g(〇・五g×二一包×三回)、加速試験用に四四一g(〇・五g×二一包×三回×六時期=一八九gと一〇・五g×三回×八時期=二五二gの合計)、生物学的同等性試験用に三三包(溶出試験用一八包〔三条件各六個ずつ〕、予備試験用三包、本試験用一二包)使用した。

更に、原料試験に、約三〇g使用した。

(二) 本件特許権の存続期間満了後については、被告は、平成八年一一月二六日に被告製剤のうち「セエルサート細粒」を一kg×八〇箱製造し、平成九年七月七日までに一kg×一三箱販売したにすぎない。

(三) なお、原告主張の実施料率二〇%は、高額にすぎ、業界では通用しない。

2 被告が製造承認申請資料作成のために使用した塩酸セトラキサートの原末の量について、原告が主張する量は、本来承認後実際に製造するのと同一の条件、規模で製造されることが好ましく、少なくとも工業的製造規模への推定が可能な方法、条件、規模で製造されるべきであるとする観点から机上で推測した根拠のない数量であって、被告が現実に使用した量ではない。

原告は、被告が主張する量で製造した医薬品を試験し、作成した資料に基づく申請に対して製造承認が与えられるはずはなく、また、与えられてはならないと主張するが、現に厚生省は被告の申請に対して製造承認を与えているのである。

原告援用の「安定性試験ガイドライン」に基づく行政指導は、「新有効成分含有医薬品」すなわちいわゆる先発医薬品に対するものであって、しかも、平成九年四月一日以降に開始する試験に適用されるものであるから、医療用後発医薬品については従前のガイドラインに従って安定性試験を行うことは差し支えないとされている。したがって、平成九年四月一日以前に作成した資料に基づき既に承認を受けている後発医薬品たる被告製剤について、右新ガイドラインに基づく行政指導を根拠に本件試験に使用した数量を推測するのは失当である。

第四  争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(一)(薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、本件特許権を侵害するものであるか)、及び争点1(二)(本件特許権の存続期間満了後に、本件特許権に基づく妨害排除請求権に基づき、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤の製造販売の差止め等を請求することができるか)について

1(一)  被告は、前記第二の一(事実関係)2のとおり、原告製剤の後発医薬品として塩酸セトラキサートを有効成分とする被告製剤を販売することを計画し、本件特許権の存続期間中に、厚生大臣に対して薬事法一四条に基づく製造承認申請をするのに必要な資料として、物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料としての規格及び試験方法の設定の資料、安定性に関する資料としての加速試験の結果、並びに吸収、分布、代謝、排泄に関する資料としての生物学的同等性試験の結果を得るため、被告製剤を製造し、使用して本件試験を行い、このようにして得た資料を添付して被告製剤の製造承認申請をし、「セエルサート細粒」については昭和六三年一一月七日、「セエルサートカプセル」については平成二年三月八日それぞれ製造承認を取得し、更に、平成八年七月五日、被告製剤について健康保険薬に用いるための薬価基準の収載を受け、本件特許権の存続期間満了後、被告製剤を販売したものであるところ、被告がした本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は、右のとおり薬事法一四条に基づく製造承認申請をするのに必要な資料を得るために行ったものであり、現実に市場で販売するのは本件特許権の存続期間満了後になるとはいえ、被告製剤を市場で販売するために、まさに被告の事業活動の一環としてなされたものであるから、特許法六八条にいう「業として」の本件発明の実施に当たるといわなければならない。

(二)  被告は、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造が「業として」の本件発明の実施に当たることを争い、その理由として、特許法六七条二項にいう「特許発明の実施」については特許権者が利益を享受しうるものでなければならないと解釈されており、また、特許法六八条の特許権の効力は、「業として特許発明の実施をする権利の専有」から派生するもので、権原のない他人が特許発明を実施するのを排除して、特許権者自らが収益を上げうることが特許発明の実施であることからすると、先発医薬品会社である特許権者自らが薬事法に基づく製造承認申請のための資料を得る目的で行う試験は、それ自体未だ収益を上げうるものではないから、特許発明の実施には当たらず、したがって、後発医薬品会社が薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で行う本件試験も、特許法六八条にいう「業として」の特許発明の実施に当たらない旨主張するが、右六七条二項は、同条項にいう「特許発明の実施」が本件試験のような医薬品の製造承認申請のための試験による使用及びそのための製造を含まないことは規定自体から明らかであって、二条三項と相まって特許権者が専有する権利の範囲を定めた六八条とはその立法趣旨を異にするものであるから、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造がそれ自体では未だ収益を上げうるものではないとしても、「業として」の本件発明の実施であることを否定することはできない。

2  被告は、薬事法に基づく製造承認申請をするための資料を得る目的で、本件特許権の存続期間中に、被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するから、本件特許権の効力は及ばない旨主張し、原告はこれを争うので、この点について、判断する。

(一) 特許法六八条は、特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有すると定めて、特許権者に特許発明の実施を独占することを認めているが、特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」とし(一条)、特許権者による特許発明の実施の独占を一定期間に限って認めることにより、発明を奨励するとともに、その発明を社会に公開させて社会一般の技術水準の向上を図り、一定期間経過後は万人がこれを自由に利用することを認め、もって「産業の発達に寄与すること」を目的とするものであるから、特許権者の特許発明の実施の独占による利益は、社会一般の利益による制約を免れないところである。

しかして、特許法六九条一項は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には特許権の効力が及ばない旨規定し、右の「試験又は研究」の目的、内容、種類については何ら限定を付していないところ、右規定は、特許権の効力を試験又は研究のためにする特許発明の実施にまで及ぼすことは、かえって技術の進歩を阻害し、産業の発達の妨げになるため、これを制限すべきであるとの産業政策上の判断に基づくものと解され、特許権者の特許発明の実施の独占による利益と社会一般の利益との調和を具体化した一場面を定めたものと解されるから、同条項にいう「試験又は研究」も、かかる観点から解釈されるべきである。

一般に、試験研究として行われる特許発明の実施は、その性質上、特許権者と直接競業する形態で行われるものではなく、特許権者の経済的利益を直接害するものではないことに鑑みると、右「試験又は研究」は、特許発明にかかる技術を改良し、更に発展させることを目的とするような試験研究に限るのは相当でなく、例えば、特許発明の技術内容を確認ないし理解すること(機能性調査)を目的として行われる試験研究は、公開された発明の技術内容が当業者に理解されることを前提としている特許法の趣旨からしてこれに該当すると解すべきであるし、従来技術と対比して新規性、進歩性があるか否かを確認すること(特許性調査)を目的として行われる試験研究も、特許の要件が備わっていないのに誤って付与された特許について特許異議の申立てや無効審判請求の制度を設けている特許法の趣旨に合致するものであるから、右「試験又は研究」に該当すると解すべきである。

(二) 更に、本件試験のような薬事法に基づく(後発)医薬品の製造承認申請のための試験が右「試験又は研究」に該当するかについて、検討する。

(1) 薬事法は、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品等の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とするもので(一条)、医薬品を製造するには、厚生大臣の承認を受けることを要するものとし(一二条一項、一三条一項、一四条一項)、右承認は、申請にかかる医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、性能、副作用等を審査して行うものであり(一四条二項)、そのため、右承認を受けようとする者は、厚生省令で定めるところにより、申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならない(同条三項)としている。本件試験は、右のとおり薬事法に基づく製造承認の申請書に添付することが要求されている資料を得るために行われたものであるから、被告製剤の製造を薬事法上可能にすることを主たる目的として行われたことは否定することができない。

しかしながら、そのことだけで直ちに前記「試験又は研究」に該当しないとするのは相当でなく、前記特許法の趣旨に照らし、特許発明の実施により特許権者の被る不利益と社会一般の利益との調和を勘案しつつ、具体的に検討する必要がある。

(2) 薬事法施行規則一八条の三及び甲第一五号証添付の参考資料(厚生省薬務局審査課監修・医薬品製造指針一九九五年版及びこれに引用された昭和五五年五月三〇日薬発第六九八号厚生省薬務局長通知、同日薬審第七一八号同局審査課長・生物製剤課長通知)並びに弁論の全趣旨によれば、被告製剤が原告製剤の後発医薬品であることから、その製造承認の申請書には、前記第二の一(事実関係)2記載の規格及び試験方法の設定の資料、加速試験の結果並びに生物学的同等性試験の結果を添付することが要求され、そのために被告が行った本件試験の内容は、次のとおりであることが認められる。

<1> 規格及び試験方法の設定は、医薬品の品質を公に登録し、同時にその品質を実証する手段を示すものであり、申請書に添付する資料には、細粒剤又はカプセル剤である被告製剤については、原則として名称、含量規格、性状、確認試験、製剤試験、定量法を記載することが要求される。

<2> 加速試験は、一定の流通期間中の品質を短期間で推定するために実施するものであって、具体的な試験方法は、検体:最終製品(被告製品)、検体数:保存条件ごとに三ロット、保存条件:(1)原則として四〇℃(±一℃)七五%RH(±五%)、(2)室温、試験期間:六か月以上、測定時期:試験開始時を含め四時点以上、測定項目:原則として承認申請書の規格及び試験方法欄に設定した全項目、測定回数:三回、というものである。

<3> 生物学的同等性試験は、新医薬品として承認を与えられた医薬品(又はそれに準ずる医薬品)と生物学的に同等であることを証明するために実施するものであって、具体的な試験方法は、適切な統計的処理が可能となる例数の原則として健康人を対象として、最終製品(被告製剤)の臨床常用量を臨床投与経路により原則として一回投与し、適切な休薬期間を置いた交叉試験法により血中濃度を比較する方法により行うものである。

(3) しかして、弁論の全趣旨によれば、右認定のような本件試験に当たっては、被告製剤が本件発明の実施品である原告製剤の後発医薬品であるとはいえ、原告が製造承認申請に際して提出した処方内容等に関する資料は公開されておらず、本件発明にかかる明細書に記載されたところに依拠するのみでは現実に製剤として商品化することはできないので、原告製剤のような先発医薬品を開発する場合と比較すれば、格段に費用が少なく期間が短くてすむとはいえ、それなりの知識、技術、経験に基づき、配合処方について試験研究を行い、製剤の安定性を確保し、原告製剤と同程度又はそれ以上の有効性を発揮させるよう、服用しやすい剤型を工夫するなどの技術開発が必要であると認められるのであり、かかる本件試験は、前記のとおり薬事法に基づく製造承認の申請書に添付することが要求されている資料を得るために行われ、被告製剤の製造を薬事法上可能にすることを主たる目的として行われたものであるとはいえ、同時に、右のような技術開発としての側面をも有するものといわなければならない。

(4) 他方、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は、原告と直接競業するような本件発明の実施ではなく、本件特許権の存続期間中において本件発明にかかる医薬品を市場において独占的に製造、販売できるという原告の地位を何ら脅かすものではない。

もっとも、仮に被告が本件特許権の存続期間中に本件試験を行うことが許容されず、その存続期間満了を待って本件試験に着手しなければならないとすれば、前記のとおり本件試験のうちの加速試験は、前記(2)<2>のとおり六か月以上の試験期間が要求されており、また、医療用の後発医薬品について、都道府県知事がその製造承認申請を受理した日から厚生大臣が当該医薬品に承認を与えるまでの標準的事務処理期間は、当分の間二年間とされていることは当裁判所に顕著な事実であるから、後発医薬品会社は、本件特許権の存続期間満了後約二年六か月間は本件発明の技術的範囲に属する後発医薬品を製造、販売することができず、その結果、原告は、事実上、存続期間満了後更に約二年六か月間は本件発明にかかる医薬品の製造販売を独占できることになるところ(但し、原告は、試験の開始から、右製造承認を経て、薬価基準収載に至るまでの所要期間は二七か月を下らないとする)、被告が存続期間中に本件試験を行うことが許容されれば、かかる独占による利益を享受しえないことになる。この点について、原告は、特許権者たる原告は、現行法体系全体の中から生じてくる法的権利として、その存続期間満了後も少なくとも二七か月間は特許発明にかかる医薬品を独占的に製造、販売しうる権能(法的利益)を有しているのであると主張する(第三の二【原告の主張】1(三))。しかし、右薬事法に基づく製造承認制度は、前示のとおり医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制であり、製造販売の独占による特許権者の利益を保障する特許法とは全く異なるものであって、もとより、かかる特許権者の利益を保障するものではないから、右のような原告の利益は、製造承認制度及び薬価基準収載制度によりもたらされる反射的な利益にすぎず、それ自体法律上保護に値する利益には当たらないというほかない。

(5) 以上のように、本件試験は、多かれ少なかれ技術開発としての側面を有し、他方これによって失われる原告の利益が法律上保護に値する利益とはいえないことに鑑みると、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は、前記(1)の説示に照らし、特許法六九条にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると解するのが相当というべきである。もっとも、本件特許権の存続期間満了後に市場で販売するのに備えて、存続期間中に被告製剤を製造して蓄積しておくようなことも、存続期間中において本件発明にかかる医薬品を市場において独占的に製造、販売できるという原告の地位を脅かすものではないとはいえるが、右「試験又は研究」に該当しないことが明らかであり、許容されるものではない。

(三) 原告は、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造が実質的に違法と評価されないとして本件特許権を侵害しないと解することは、GATT・TRIPS協定二七条一項に違反する旨主張するが(第三の一【原告の主張】2)、採用することができない。。

確かに、特許権自体は成立しても特許発明にかかる医薬品について薬事法に基づく製造承認を得るまでの期間は、特許権者といえども当該医薬品を製造、販売することができないから、事実上特許権の存続期間が侵食される結果となっていることは否定できないが、そのことによる特許権者の不利益の救済は、特許法六七条二項の存続期間の延長登録制度により解決が図られたものであり、現行の六七条二項の程度では不十分であるというのであればその改正が考えられべきであり、いずれにしても特許政策ないし産業政策という立法政策の問題である。

3  以上のとおり、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると解するのが相当であるから、本件特許権を侵害するものとはいえない。

原告の本件特許権に基づく妨害排除請求権に基づく本件請求(損害賠償請求を含む)は、本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造が本件特許権を侵害する違法なものであることを前提とするものであるから、前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

付言するに、原告は、本件特許権妨害行為が存続している限度で、存続期間に引き続いて本件特許権に基づく妨害排除請求権が認められなければ、特許権という準物権の有している、対象物の完全かつ円満な利用収益という本来の目的を達成しえない旨主張するが、特許法は、特許権者は特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防などを請求することができるものとして(一〇〇条)、特許権を物権に準ずるもののように定めるとともに、その存続期間は特許出願の日から二〇年をもって終了すると明確に定めている(六七条一項)のであるから、物権法定主義の趣旨に照らし、特許権は存続期間の満了により対世的、絶対的に消滅するものと解すべきであり、その消滅した特許権に基づく妨害排除請求権が存しないことは明らかである。原告は、その主張の正当性の根拠として、いわゆる中間省略登記の中間者による抹消請求権の例を援用するが、これは、実際の権利変動の過程と登記簿上の記載との不一致という事実を前提として、中間者が正当な利益を有するときに限り、抹消登記を請求できる余地を認めるものであり、かかる前提のない特許権の存続期間満了後における差止請求権の根拠とすることはできない。原告は、更に、特許権侵害ないし妨害は、私権である特許権の権利者を害するにとどまらず、特許法の予定する産業的取引社会の公正な秩序をも害することになるとも主張するが、特許権が存続期間の満了により対世的、絶対的に消滅しているのであるから、被告の行為がこれとは別の「産業的取引社会の公正な秩序」を害するものということはできない。

二  争点2(被告が、本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して行った本件試験により得た資料を添付して厚生大臣に製造承認申請をし、その審査を受けたことは、不正競争防止法二条一項五号の不正競争に当たるか)について

原告は、本件資料、すなわち、原告が塩酸セトラキサートを有効成分とする原告製剤を製造、販売するために、薬事法一四条一項及び四項に基づいて厚生大臣に提出した製造承認申請書に添付した「塩酸セトラキサート製剤の臨床試験を含む各種試験結果」は不正競争防止法二条四項にいう「営業秘密」であるところ、被告は、製薬企業として、厚生大臣が本件資料を原告製剤の製造承認の審査という用途以外の用途に流用することは許されないこと及びこれを流用することは不正競争防止法二条一項五号にいう「営業秘密」の「不正取得行為」に当たることを熟知しているから、被告が、厚生大臣をして、本件資料を流用させて被告製剤の製造承認申請の審査をなさしめた行為は、同号にいう原告の「営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、営業秘密を使用する行為」に該当する旨主張する。

しかし、本件資料が仮に原告の営業秘密に当たるとしても、厚生大臣は、本件資料を原告から任意に製造承認申請書に添付して提出を受けることにより取得したものであって、不正取得行為、すなわち不正競争防止法二条一項四号にいう「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為」に該当しないことが明らかである。原告は、厚生大臣が既にたまたまその保管下にある本件資料を原告製剤の製造承認の審査という用途以外の用途、すなわち被告製剤の製造承認申請の審査に流用することをもって二条一項五号にいう営業秘密の「不正取得行為」に該当する旨主張するのであるが、厚生大臣が本件資料を被告製剤の製造承認申請の審査に流用(使用)したことを認めるに足りる証拠はないのみならず、仮に厚生大臣が本件資料を被告製剤の製造承認申請の審査に使用したとしても、そのことによって、前記のとおり原告から任意に提出を受けた本件資料を「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により取得」したことにはならない。また、被告が被告製剤の製造承認申請をして厚生大臣の審査を受けたことをもって、同項五号にいう、その営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、「営業秘密を取得し」たとも、「その取得した営業秘密を使用し」たともいうことはできない。

したがって、被告の行為が同項五号所定の不正競争に該当することを前提とする本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

三  争点3(被告が本件特許権の存続期間中に、本件発明の技術的範囲に属する被告製剤を製造し、使用して本件試験を行うことにより製造承認及び薬価基準収載を得たことは、不当利得に当たるか)について

原告は、被告は悪意で、法律上の原因なく、他人の財産である原告の本件発明に対する独占的占有を少なくとも二七か月間侵奪することによって、他人である原告に右二七か月間の独占的占有の喪失という損失を生ぜしめ、これによって製造承認、薬価基準収載及びこれに基づき被告製剤を製造、販売できる地位という利益を受け、もって不当な利得をなしたものである、と主張する。

しかし、無体物である発明について「所持」(民法一八〇条)を要素とする占有の概念がわが国の民法上妥当するか疑問であるのみならず、原告のいう「本件発明に対する独占的占有」は、少なくとも本件発明について特許出願をして本件特許権を取得した以上は、特許権と別個に特許権を超える効力を有することはありえないはずであり、前示のとおり本件試験による被告製剤の使用及びそのための製造は本件特許権を侵害するものではないから、被告は、法律上の原因なく原告のいう「本件発明に対する独占的占有」を侵奪したということにはならない。

したがって、不当利得返還請求権に基づく本件請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

第五  結論

よって、原告の被告に対する請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する(平成一〇年一月二九日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 小出啓子 裁判官田中俊次は、転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 水野武)

別紙

物件目録

左の構造式で示される4'-(2-カルボキシエチル)-フエニル・トランス-4-アミノメチルシクロヘキサンカルボキシレートの塩酸塩(一般名:塩酸セトラキサート)

<省略>

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭56-32296

<51>Int.Cl.3A 61 K 31/215 識別記号 ACL 庁内整理番号 6408-4C <24><44>公告 昭和56年(1981)7月27日

発明の数 1

<54>潰瘍治療剤

<21>特願 昭51-194

<22>出願 昭51(1976)1月1日

公開 昭51-101134

<43>昭51(1976)9月7日

優先権主張 <32>1975年2月28日<33>米国(US)

<31>554042

<72>発明者 千徳光彦

東京都中央区日本橋3丁目14番10号第一製薬株式会社内

<72>発明者 藤田〓史

東京都江戸川区南船堀町2810第一製薬研究所内

<72>発明者 相原俊三

東京都江戸川区南船堀町2810第一製薬研究所内

<71>出願人 第一製薬株式会社

東京都中央区日本橋3丁目14番10号

<74>代理人 内丸文彦

<57>特許請求の範囲

1 一般式

<省略>

(式中、Qは置換又は非置換フエニル基又はβ-ナフチル基を意味し、置換フエニル基としてはP-ハロゲノーフエニル基、O-アルコキシ-P-ホルミルフエニル基、ビスフエニル基、P-カルボキシビニルフエニル基、P-カルボキシフエニル基、P-(β-アミノカルボキシエチル)-フエニル基又はP-カルボキシ低級アルキルフエニル基を意味する。)で示されるアミノ酸エステル類を含有する潰瘍治療剤。

2 一般式(Ⅰ)のアミノ酸エステルが4'-(2-カルボキシエチル)-フエニル・トランス-4-アミノメチルシクロヘキサンカルボキシレートである特許請求の範囲第1項の潰瘍治療剤。

3 一般式(Ⅰ)のアミノ酸エステル類を200~1200mg/day投与するようになした特許請求の範囲第1項の潰瘍治療剤。

4 一般式(Ⅰ)のアミノ酸エステルが4'-(2-カルボキシエチル)-フエニル・トランス-4-アミノメチルシクロヘキサンカルボキシレートであり、この化合物を200~1200mg/day投与するようになした特許請求の範囲第1項の潰瘍治療剤。

発明の詳細な説明

本発明は一般式(Ⅰ)

<省略>

(Ⅰ)

(式中、Qは置換又は非置換フエニル基又はβ-ナフチル基を意味し、置換フエニル基としてはP-ハロゲノーフエニル基、O-アルコキシ-P-ホルミルフエニル基、ビスフエニル基、P-カルボキシビニルフエニル基、P-カルボキシフエニル基、P-(β-アミノカルボキシエテル)-フエニル基又はP-カルボキシ低級アルキルフエニル基を意味する。)を含有する潰瘍治療剤に関する。

消化性潰瘍の成因と原因療法については種々検討された結果、消化性潰瘍の病因は単一ではなく、数多くの因子が関与しているとされている。その病因を大きく分けると胃液(酸、ペプシン、胃液量など)に代表される攻撃因子の増強と胃粘膜代謝に代表される胃及び隣接消化管粘膜の防禦力(防禦因子)の減弱が考えられている。即ち、消化性潰瘍の発生機序に関しては攻撃因子と防禦因子のバランスの喪失にあるとされている。従つて、従来消化性潰瘍治療剤としてはその病因に応じて薬物が開発され、使用されて来た。

即ち、既存の消化性潰瘍治療剤を病因との関連において分類すると下記の通りである。

(ⅰ) 攻撃因子の抑制を目的とするもの

制酸剤(重炭酸ソーダ、アルミニウム化合物)

抗ペプシン剤(蔗糖硫酸エステル・アルミニウム)

抗コリン剤(硫酸アトロピン)

抗ガストリン剤(オキセサゼイン)

(ⅱ) 防禦因子の増強を目的とするもの

粘膜の保護ないし再生促進剤(ゲフアルナート、グルタミン、ビタミンU、蔗糖硫酸エステル・アルミニウム)

※ ( )内は代表的薬剤を示す。

消化性潰瘍の治療においては、攻撃、防禦の二大因子に同時に作用する薬剤が望ましいが、現在のところ、わずかに蔗糖硫酸エステル・アルミニウム及び無機アルミニウム塩しかなく、且つ前者は粘膜保護剤としての性格が強く、後者の粘膜保護作用は明確なものではない。従つて、二大因子に強力に作用する薬物の開発が強く望まれていた。

本発明者等はかかる観点に基づき有用な消化性潰瘍治療剤の検討を試みた結果、前記一般式で示される化合物が極めて優れた消化性潰瘍治療効果を呈することを見い出し本発明を完成した。

従つて、本発明の目的は優れた消化性潰瘍治療剤を提供せんとするものである。更にはかくして開発された新規潰瘍治療剤による消化性潰瘍治療法を提供せんとするものである。

本発明に係わる式(Ⅰ)の化合物が消化性潰瘍の治療上攻撃因子に対しても防禦因子に対しても優れた効果を呈することは、種々の潰瘍モデルを組合せ、これに対する本薬剤の治癒効果を調べることにより明らかにされた。

即ち、<1>攻撃因子を主として増強する潰瘍モデルとしてのShay潰瘍に対する治療効果、<2>防禦因子の減弱を主としてきたす潰瘍モデルとしての薬物潰瘍、clamping潰瘍、clamping-Corti-sone潰瘍及び酢酸潰瘍に対する治癒効果の検討を試みた結果、本発明を完成した。

なお上記各種潰瘍モデルすべてに対する検討及び臨床試験は式(Ⅰ)で表わされる化合物の内、置換基QがP-カルボキシエチルフエニル基の化合物、即ち、4'-(2-カルボキシエチル)-フエニル・トランス-4-アミノメチルシクロヘキサンカルボキシレート(以下DV-1006と称す。)を代表として選択し検討を行ない、それ以外の式(Ⅰ)の化合物についてはShay潰瘍に対する治癒効果の有意性をDV-1006の場合と同様にして統計学的に求め、DV-1006との対比の結果から消化性潰瘍の治療に有効であることを確めた。

現在、新規抗潰瘍剤の開発にはどの因子に関与するか、その強さはどの程度かを上述の方法で検討するのが通常採用される方法であり、DV-1006について検討した結果を要約すると下記の通りである。

<Ⅰ> 抗潰瘍剤としての有用性の検討

 関与する因子の検討

DV-1006は下表の如く攻撃、防禦の両因子に同時に関与することが明らかである。

表1

剤名 DV-1006 公知代表抗潰瘍剤 制酸剤 抗ペプシン剤 抗コリン剤 粘膜保護再生剤

代表薬剤 アルミニウムシリケート 蔗糖硫酸エステルアルミニウム 硫酸アトロピン ゲフアルナート

潰瘍モデル 因子 攻撃因子 Shay潰瘍 + + + + +

防禦因子 薬物潰瘍 + + + - +

Clamping-Cortisone潰瘍 + - - - -

Clamping潰瘍 + + - - +

酢酸潰瘍 + - + - -

 効力の強さ

公知の代表的抗潰瘍剤と比較した結果は下表の通りであつた。特に慢性潰瘍モデルである酢酸潰瘍、Clamping-Cortisone潰瘍に対する効果においてDV-1006は強力な作用が認められる。

表2

潰瘍モデル 作用の強さ順位

1 2 3

Shay潰瘍 DV-1006 ゲフアルナート 蔗糖硫酸エステルアルミニウム

薬物潰瘍 ゲフアルナート DV-1006 〃

Clamping-Cortisone潰瘍 DV-1006 グルタミン

Clamping潰瘍 ゲフアルナート アルミニウムシリケート DV-1006

酢酸潰瘍 DV-1006 グルタミン 蔗糖硫酸エステルアルミニウム

<Ⅱ>作用態様の検討

すでに述べた如くDV-1006は既存の抗潰瘍剤に比較し、攻撃因子及び防禦因子両方に対し極めて強力に作用するものであるが更に胃液に対する作用の検討において、DV-1006が従来の抗潰瘍剤に見られない作用を有することを見い出した。即ち、潰瘍治療に関連して胃液に対する作用を先づ分類すると、<1>ペプシンそのものの活性を抑制、<2>ペプシンの分泌を抑制、<3><1>及び<2>の両作用を合せもつ場合、<4>酸の中和、<5>酸分泌抑制及び<6>胃液量抑制作用の6つに分けられ、特に<2>の作用を有する薬剤が強く望まれている。従来、胃液に関連する抗潰瘍剤としては抗ペプシン剤が代表であり、又抗コリン剤が有効であると考えられている。しかしながら、抗ペプシン剤は<1>及び<4>の作用効果を呈するものであり、他の作用は呈さない。抗コリン剤は<2>の作用を有するとも考えられているが、未だ明確に認められたものではない。この関係をまとめると表3の通りである。

表3

項目 DV-1006 抗ペプシン剤 抗コリン剤

胃液に討する作用 ペプシン活性- + -

ペプシン分泌 + - ±

酸性度 - + -

酸分泌 - - +

胃液分泌 + - +

+抑制作用有り、 -抑制作用無し

上述の通り、DV-1006の抗ペプシン作用は既存の抗ペプシン剤と異なり、特異的にペプシンの分泌を抑制することによる抗ペプシン作用を呈するものである。

なお、抗コリン剤がDV-1006と同様な効果が認められるように上表から考えられるがDV-1006はGosh and Schid法(Brit.J.Pharmacol.、13 54(1958))におけるカルパコール刺激に対して抑制作用を示さないこと及び抗コリン作用に関する一般薬理作用で抗コリン作用が認められないことからして、抗コリン剤にみられがちな副作用が認められない。即ち、DV-1006は酸分泌、ペプシン活性には影響を与えず、ペプシン分泌を選択的に抑制する作用を有する。

また、DV-1006は潰瘍モデルでの検討結果からも明らかな如く、潰瘍発生によつて高められる潰瘍部位のムコ多糖分解酵素の活性を低下させる作用を示すものである。かかる二つの作用は現在迄の医薬品には認められない新規な作用態様を示すものである。式(Ⅰ)の化合物が抗潰瘍剤として顕著かつ特異的な作用効果を呈することは以上詳述したごとき動物実験の結果からも明らかであるが、本発明者等は更に確認するためにDV-1006を代表として選択し徳島大学第二内科の伊東進先生に依頼し、徳島県の国立善通寺病院の胃潰瘍患者を対照として臨床的に抗潰瘍作用を調べてもらつた結果、DV-1006の消化性潰瘍の治癒効果は400~1200mg/day経口投与数日間で極めて顕著なものであることが確認された。

なお、本発明に係わる式(Ⅰ)で示される化合物は公知化合物であり、抗プラスミン作用を有するものとして知られている。かつその製造は本出願人の出願に係わる米国特許3699149号明細書記載の方法等で可能であり、かつ毒性も殆んどない安定な化合物である。

本剤の投与に際しては種々の剤型、例えばカプセル、錠剤、散剤、注射剤、坐剤等の任意の型に公知の製剤技術により加工して使用することが可能である。又、潰瘍の症状によつては本剤は他の抗潰瘍剤、例えば制酸剤、抗ペプシン剤又は抗コリン剤と併用することも可能でありこれらと併用する場合には相乗的効果が期待できる。本剤の投与量は投与方法によつても異なるが、200~1200mg/dayの投与量で十分有効である。

実施例 1

1974年徳島県国立善通寺病院内科の胃潰瘍患者29例(X線および内視鏡で診断)にDV-1006を1回200mg、1日3回宛8週間経口投与し、8週後に治療効果を内祝鏡で判定した結果、8週間後において26例(89.7%)の患者において治療効果(縮少及び治癒)が認められた。なお、全例に副作用は認められなかつた。

実施例 2

Shay潰瘍試験

体重200~240gの呑竜系雄ラツトを1群6匹とし、48時間絶食後Shay等

(Gastroenterology54 43(1945))の方法によつて幽門部に近い十二指腸部を結紮した。結紮後直ちにDV-1006を300mg/kg経口投与し18時間後に開腹し胃を摘出し、Adami等の方法(Arch.Int.Pharmacodyn.、147 113(1964))により判定した結果100%の抑制率が認められた。同様な方法で既存の抗潰瘍剤ゲフアルナートを100mg/kg投与した場合の効果は83%の抑制率であつた。

実施例 3

腔内投与によるShay潰瘍試験

式(Ⅰ)で示される化合物の代表的なものについて実施例2と同様Shay潰瘍試験を行なつた。但し薬物の投与方法は0.5%CMCに懸濁し腹腔内投与をした。結果は下記の通りであり、統計学上の検討をなした結果、式(Ⅰ)の化合物の抗潰瘍作用は対照群に比べ有意であることが明らかであつた。

<省略>

実施例 3

薬物潰瘍試験

体重150g前後の♀ラツトを1群5匹とし20時間絶食後DV-1006を投与して1時間後にインドメサシン25mg/kg、アスビリン300mg/kgおよびフエニールブタゾン200mg/kgをそれぞれ経口投与し、さらに5時間絶食絶下に置き、胃をとり出し潰瘍指数を測定した。なお、比較のため既知抗潰瘍剤ゲフアルナートおよび蔗糖硫酸エステルアルミニウム塩についてもこれらの基礎常用量と対比して調べた。結果は下記の通りであつた。

<省略>

実施例 4

10%酢酸潰瘍試験

150g前後のWistar系♀♂ラツトを1群5匹として用い、高木らの方法(Japan.Phamacol.、19 418(1970))により10%酢酸0.05mlを腺胃部漿膜下に注入して潰瘍を生じせしめた。薬物は酢酸を注入したその日より8日間経口的に1日1回投与し、9日目にエーテル麻酔下に殺し、胃をとり出し大湾にそつて切り開きUlcer indexをノギスにて測定したのち腺胃部組織を適当量の生理食塩水を加えてホモゲナイズし、12000回転で20分間遠心したのちその上清について長谷部らの方法

(Fukushima J.Med.Sci.、15 35(1968))に準じmucopolysaccharase活性で測定した。結果は図1に示したが、DV-1006は今回得られた成績から酢酸注入によつておこる潰瘍に対し肉眼的潰瘍指数の上から著明な抑制作用を示し且つdose-responseがみられ、同時に潰瘍発生によつて高められるべき潰瘍部位のムコ多糖分解酵素の活性を低下させることが認められた。

実施例 5

Clamping潰瘍試験

体重200g前後のWistar系♂ラツトを1群6~10匹として梅原らの方法(“Peptic ulcer”、Philadelphia Lippincott、(1971))に準じてClamping潰瘍を作製した。薬物はアルミ金属板を取りのぞいた日から1日1回14日間経口投与し、15日目にエーテル麻酔下に屠殺し、潰瘍指数および胃組織中のMucopolysaccharase活性を測定した。結果は図2に示す通りであり、特にβ-glucuronidaseの抑制効果において有意性が認められる。

実施例 6

Clamping-Cortisone潰瘍試験

Clamping潰瘍と同様に作成し、さらにアルミ金属板を取りのぞいた日から1日1回7日間hydrocortisone acetate5mg/kgを筋肉注射し、薬物はhydrocortisone acetate投与を中止した日から1日1回11日間経口投与した。潰瘍作成後20日目にエーテル麻酔下に屠殺し、Clamping潰瘍と同様に潰瘍指数及び

Mucopolysaccharase活性を測定した。結果は図3に示す通りであり、特にβ-glucuronidase活性の抑制においての有意性が認められた。

実施例 7

ペプシン分泌抑制試験

Heidenhain Pouch Dogにおけるbeef bouillon potage soup刺激試験

ビーフ・ブイヨン6g、ボタージユスープ6g混合液(100ml)のものを70ml経口投与(第一回刺激)した後15分毎に胃液を採取し胃液分泌がほぼ刺激前値に戻つてから、DV-1006を150mg/kg経口投与し、更に75分後に第2回目の刺激を第1回目と同様に与え経時的に胃液分泌量及びペプシン分泌量を測定した結果は図4に示される如くDV-1006投与により胃液量、ペプシン量(Anson-Masky法の変法:Anson、M.L.et.al.J.Gen.Physiol.、16 59(1932))共に抑制され、特にペプシン分泌は顕著に抑制されることが明らかである。

実施例 8

カプセル剤

1カプセル中下記成分を含有する。

DV-1006 100mg(200mg)

微結晶セルローズ 38mg

乳糖 40mg

ステアリン酸マグネシウム 2mg

180mg

実施例 9

錠剤

1錠中下記成分を含有

DV-1006 100mg(or200mg)

D-マンニツト 50mg

ポリビニールアルコール 5mg

ステアリン酸マグネシウム 30mg

185mg

実施例 10

注射剤

凍結乾燥DV-1006 200mg

Urea※ 500mg

酢酸緩衝液(pH:3.0) 10ml

※ 溶解補助剤

実施例 11

坐薬

DV-1006 100mg(200mg)

グリセリン脂肪酸エステル 800mg

900mg

実施例 12

散剤 200mg

DV-1006 400mg

乳糖 380mg

コーン・スターチ 20mg

HPC 1000mg

実施例 13

本願発明対称化合物の急性毒性

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は10%酢酸潰瘍試験、第2図はClamping潰瘍試験、第3図はClamping-Cortisone潰瘍試験、第4図はペプシン分泌抑制試験による本願目的化合物と公知化合物との潰瘍治療効果の対比結果を各々示す。

第1~3図において、化合物Ⅰはゲフアルナートを、化合物Ⅱ蔗糖硫酸エステル・アルミニウムを、化合物ⅢはL-グルタミンを、化合物ⅣはビタミンUを、化合物Ⅴはアルミニウムシリケートを、化合物Ⅵは硫酸アトロピンを、化合物Ⅶは銅・クロロフイリンナトリウムを、Pは危険率を意味す。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

第4図

<省略>

特許公報

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

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